2.漆黒の指パッチン

案内を買って出てくれた白い虎の獣人は『カプラ』という名前らしい。

先ほど薦めてもらった宿屋は町の入り口から少し離れていて、せっかくならと賑わっている市場を経由して景色も楽しみつつ道を進んでいた。

腸詰の肉や野菜のマリネなども食べ歩きやすいようにカップに入っていて見ているだけでも楽しい気持ちになる。

「おっと。ごめんねお兄さん!」

革の装備入れが豊富に並べられている露店に目が行っていたのか小柄な少年とぶつかった。

幸いそんなに強くぶつかったわけでもないのでこちらこそ不注意だったと伝えれば少年は礼もそこそこにそのまま走り去っていく。

「あのさー、お兄さん?言いにくいんだけど……お財布、今手元にある?」

案内料として何かをねだられるのだろうか。

そこまで持ち合わせはないのであまりにも高い要求は難しいと伝えるとカプラはふるふると目を閉じて首を振った。

「多分だけど、お財布スられたと思うよ」

そんなはずは、と腰から下げていたはずの布袋を持ち上げようとしたところで布袋自体がなくなっていることに気が付いた。

わたわたと慌てていると

「さっきのぶつかった子だと思うなー。まだそこまで遠くには行っていないと思うけど」

と呑気にも聞こえる声音で解説が聞こえてきた。

全財産が持ち去られてしまったと絶望していると「まあ、でも」とカプラが顎に手を当てて何かを少し考えている。

「案内するって言ったのはあたしだし……今回だけね?」

そう言って近くの空間に向かってカプラが『ヴァル』と名前のようなものを呼べば一瞬で真っ黒な角の生えた長身の男性が現れた。

身を包んでいる服も全身が黒で、なによりもとても不機嫌そうな顔をしている。

悪いことをしたわけではないのに思わず謝りたい気持ちになる程度には凄まれている。

突然現れた目つきの悪い人は はぁ、と重い溜息を吐いて一度こちらを不機嫌に見下ろしてから、少年が走り去った方へ向けて片手を構えてそのまま重ねた指を小気味よく鳴らした。

音の直後、地面に数本の亀裂が走りそこから植物の蔦のようなものが飛び出していく。

いつの間にかカプラもさっきまでの穏やかな受け答えからは想像のできない速度で蔦と同じ方向に走っていた。

さすが虎の獣人。足が速い。

「ちょ、なんだよこれ!?」

数瞬のうちに確保されたらしいスリの少年の声がして駆けよれば蔦に全身を拘束された少年からカプラが財布を回収しているところだった。

「はい。次はなくさないようにね?」

にっこりと笑うカプラが差し出してくれた財布を受け取ろうとしたところで背筋が凍るような冷徹な目線を感じた。

恐る恐る振り返れば先ほど『ヴァル』と呼ばれていた漆黒の人が腕を組んで眉間にしわを寄せている。

財布は無事だったけど俺の人生今日で終わりかもな……。そう思って震える声で礼を伝えた。

「もー!ヴァル!!怖い顔しないでよー!!

あたしも無事だったしよかったことにしよ!」

「無事でなければ手を貸した意味がない」

「ありがとねヴァル!」

どこまでもつっけんどんな態度だし眉間のしわは相変わらず刻まれているのだけど、カプラに対しては少し空気が柔らかくなるらしい。

冒険をしているなかで聞いたことがある。

猛獣もそれは恐ろしいものだが、更に恐ろしいのは平気な顔で猛獣を従えるやつなんだと。

深い詮索をすればスリの少年と同じ末路を辿りかねないので程よく空気を読んで二人にもう一度頭を下げて礼を告げた。

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登場人物 ヴァル(フェア・ツヴァイ)